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♡xxx.....Ⅲ

適当なオタクのひとり言

推しとそれ以外の定義について

このページを意味もなくリンクしている裏垢のアイコンをちさとちゃんの「推しじゃないです」に変えてみた。今まで小野大輔のオタクのフリしてたから…🤔

 

そういえば最近声優のおたくのrtでもちさとちゃんのツイートをよく見かけるようになったけど、フォロワーのフォロワーなので何か感慨深いな…

 

それは置いておいて。

今この瞬間私が「推しじゃないです」とか言ってるのはまぁ9割方某赤担当のことなんだけど、そもそも推しって何なんだろう。

 

特別推している人っていうのはオタクなら誰しもいると思う。例えば私にとっては内山さんや三浦が所謂推しであると思う。ていうかそうだ。

普通に考えれば、大勢いる中で別格に好き、応援したい、追いかけたい人って意味なんだろうな。実際沢山いる声優や俳優の中から特別な1人を好きになって応援しているわけだから。

 

別に国語的な意味を追求したい訳では無いんだけど、私にとっては今の推しっていうのはその意味そのままの存在ってことになる。(特に調べたりはしてないから正確には解釈が違うかもしれないけど私の感覚としては。)

 

と、なると元推しはどうなるんだろう?推しじゃないのは分かる。だけどだからってなんの興味も思い入れもないその他大勢に戻ってしまうってこともない…と思う。それは私が初めてオタクして珍しく何年も追ってきたからかもしれない。

 

だけど何もこれは入野自由だけじゃなくて、例えば某俳優集団を卒業してよく分からない方向に進みつつあるBBOYとか、体を壊して引退したテニス俳優とか、そこそこ力を入れて応援していたような人にも当てはまる。

 

他に例に出せる元推しが俳優しかいなくて震えている…視野狭いな、私

 

ここ3日入野自由の話ばかりしているような気がするし今日もまた入野の話をするけど、気にしないで欲しい。どれだけ懐かしいことや嬉しかったこと、悩んで苦しんだことが忘れられなくても私はもう2度と入野自由のオタクには戻らないと思う。2日間で〇万円使ってあれだけ沸いて号泣して引きずったキラフェス2016の映像を見てもあまり何も思わないくらいにはもう「過去の推し」だから。

 

集めていたグッズもCDもほとんど売ったり捨ててしまって、今沸けるのはほんとに今の推しに対してだけ。だけど、タグを見てて入野の重い(笑)オタクを見ると絶対ツイプロ読んで気持ち悪…って思うし、フォロワーのrtとかで「入野さんの〇〇〜!♡」が流れてくると一瞬ハ?ってなる。

 

私にとっては元推しだから長年の習慣が抜けていないだけなのかもしれない。これは生理的なものなら考えても分からないけど、どうなんだろう。

 

さっき例に出した某俳優の同担は未だに監視リストに入れてあるし(クソ)、フォローは外したけどたまに本人のTwitterからリプ欄のオタクを眺めたりしている。さすがに(もう)鍵rtとかはしないけど。

 

別に推してないけど好きなものとか人とか、好きだったもの、事情があって何となく好きと胸を張って言えていないもの、そういうののオタクを見た時に感じる感情が本命の同担を見た時の感情と同じだとしたら、それはもはや推しているのと同義なのでは…とか。

 

私が独占欲の塊だから結構なんでも同担好きじゃないからかもしれないけど!自分が一方的に大好きなフォロワーが違う子と連日遊んでたりすると「ん〜〜!!😇😇😇😇❕❕(言葉にならない叫び)」って思うくらいだし!(笑)

 

私の中では推しじゃないものって言うのは=全く興味のないもの、だから推してないけど興味があるものってどういう位置付けなんだろうか〜と考えたんだけど、まぁ物理的に推しとそれ以外の中間なんだろうな。

 

なんて言うんだろ?元推しじゃなくても、本命までいかないけど好きなもの…みたいな。

 

よくDDのツイプロで見る「大本命」と「本命」の違いなのかなぁ。

「最推し」と「推し」とか。

あれ下のランクにいる声優とか俳優に失礼だよねとよく思う。どうせそういう人たちは大本命(笑)とか最推し(笑)の現場も行かないんだろうけど😗💭

 

この考えても答えの出ない問について考えるのもブログを書くのもやめないとキモオタ化が進んでしまうなぁと思う午前5時でした。そろそろ生活リズム元に戻さなきゃなぁ…

 

♪BGM

-ワタシ*ドリ/上田麗奈