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♡xxx.....Ⅲ

適当なオタクのひとり言

オタクの非生産性について

私がこの人生でオタクをしてきたものと言うと2次元と声優と俳優、あと少しアイドルとミュージシャン()くらいだけど、私の通っていない界隈も含めオタクと芸能人又はそれに準じるものにおける関係は些細な違いはあろうとだいたい同じようなものだと思う。

 

ステージに上がってスポットライトを浴びる人と、客席でそれを見る人。ステージと客席という言い方は抽象的なものだと思ってくれたらいい。

 

芸能人にしてみればそこに上がることが生業なわけで、それに至るオーディションや稽古や色々なものを経てそこにいるんだろうし、挙句いざステージに立ったらファンに向けて何かしらのパフォーマンスを要求される。これは生産的な活動と言わざるを得ないものであり、またエンターテインメントの存在のためには欠かせない行為のはずだろう。

 

それではファンはどうなのかといえば、生産的な活動はこれといってないのではないかと考えたら突然オタクをやめたくなったので今私はこのブログを書いている。

 

シビアで且つ私情オンリーな話をするけどここでは推しへの応援とか舞台を見る感動とかは勘定に入れない。あくまでオタクをやめたくなっている私が客観的に見てオタクを批判したいがためにこれを書く。

 

推しのイベやらライブやら舞台にうん万とかけたお金の代わりに自分に何が返ってくるというのか?そう考えたら、やっぱり手元に残るのはチケットの半券の束だけなんだと思う。

 

舞台を見た時間は返ってこないしライブに行った時間も返ってこない。推しと話した時間もオタクと遊んだ時間も返ってきはしない。浪費されるのはファンの時間とお金であり、いくら公演の記憶は残る、銀テやチェキやサインは残るって言っても過去の思い出で、それが自分の未来に繋がることはないと言ってしまえばそれまでだ。オタクをしていること自体は私にとって何の得でもない。

 

 

試しに舞台のオタクをするデメリットを考えてみる。

舞台のチケット代は高い。普通の舞台のチケットは7000~とかだろうから、公演の少ない舞台でも10近い公演数に通うとなれば10万近くはかかることになる。テニミュみたいなロングランの公演なら70~80公演になることもあるし通う日程によればチケットだけで財政大赤字は免れない。だんだん麻痺して「4000円?めっちゃ安いじゃん全部行くかwwww」ってなってくるけど。

ライブやら演劇のチケットの相場からしたら普通だけど、1公演だけではなく何回も通うとなれば一般的な"学生の趣味にかける金額"ではなくなってしまう。比較的趣味に寛容な母親にも「チケット4000円もするなら一回行って我慢しなさい」って言われるし、例えば映画が同じくらいの時間でも1800円なのに比べたらメッチャ高いと思う。

ブロマイドは1セットワンコイン程度、とはいえオタクの性的に1セットじゃ済まないし、たかが紙切れ3枚に500円のコスパの悪さは考えてみれば異常である。もちろんブロマイドの相場はどこもこんなもんだろうけど日本の物価からすれば白目を剥くレベルの高い写真だと思う。ヨドバシカメラで印刷すれば写真1枚なんて30円なのに。

プレゼントも舞台俳優のオタクはTシャツ1枚で1万近いものとか普通にみんなあげてるし、平均は3〜5万くらいなんじゃないだろうか。3万あればボイフレに3万課金できるのにそんな金額のプレゼントを初日と楽と各地方とかで俳優に貢いでいたら死んでしまう。しかも大して歳も変わらない20代前半の俳優とかに。

あとは連日劇場に通う交通費、俳優に貢ぐハイブラのプレゼント代、1公演2〜3時間を1日2公演見ればマチソワ間含め会場に7時間以上拘束されることになる時間の浪費、マチソワ間暇を潰すために食事したり買い物するお金の浪費、それらを捻出するためのバイト代を稼ぐバイト時間の浪費。この浪費を全てやめて他の有意義などれだけ社会的にまともな人間になれるんだろう。なんて考えてしまったわけだ。

 

と、ここまで舞台俳優オタクの金銭事情について触れてきたけど、私はここまでしっかり金落としてる訳ではないのでこれはこれから俳優のオタクを続けるとしたらの話である。

 

私は春から大学生になるけど、大学に行くにあたって母と約束したことがある。

それは、「趣味を学業より優先させないこと」。

たとえ夜行バスで朝6時に東京に帰ってきても、17時からのライブのチケットを取ったのに16時半まで授業でも、授業には取ったもの全てに最初から最後まで出るということ。趣味に現を抜かしすぎて課題を疎かにしたり学校をサボらないということ。

 

この誓いを立てた理由は、高校の間はついてしまったサボり癖が最後まで治らなくて危うく欠時オーバーで卒業出来ない可能性も出てきた(卒業は出来たけど欠時はオーバーだった)というのもある。だけど第1に私は「嫌々受験してみんなが行くから大学に行って三年になったら就活するまでは遊ぶ」わけでは無いからだ。

「大学は勉強するための場所」それは当然のことかもしれない。だけど、私は受験勉強の中で学びたいことを見つけて、周りにに驚かれ反対されながらも元々志望してい学科とは全く系統の違う学科に進んだし、今はその分野の研究職に就くという目標がある。大学入っちゃえばもう受験ないから〜😇✌🏻️ではダメなのだ。みんなとは違うから、と思ってしまうのはいけないことだろうか。

実は受験生のとき本命だった大学には落ちている。だから今度こそ遊び暮らして勉強を放り出して失敗するわけにもいかないのだ。

 

まぁこれは私の事情だからどうでもいいんだけど、とにかく「この4年間は推しに捧げる♡」というわけにも行かないわけで。

 

書きたかったことを書き尽くして結論がなんなのかわからないまま締めようとしているけど、とりあえずドリライが終わったらやたらお金の減る舞台俳優のオタクはやめようと思っている。三浦は好きだしモチベが無いわけじゃないんだけど、ただでさえ声優と俳優で2Dしてるのに、夏の間クソみたいに電車で行きづらいアンフィシアターで1公演1.3万のロングラン演劇で主演を務める推しには付いていけそうにない。元々気力も体力もないJKブランド喪失オタクの衰えなのか、顔が好き♡しか言ってこなかった弊害なのかは分からないけど…ごめん三浦、君とはここまでみたいだ。全国大会に出るならまた誰かが呼び戻してくれるに違いないと信じて、同い年のスーパールーキーを降りたいと思う。スーパールーキーって某高橋◯輝のグアムDVDのタイトルだから嫌になるね。

 

何か降りる報告ブログになってしまったけど、私がオタクを辞めるのはドリライが終わったらだからまだ先は長い。チムライ終わりに進撃のチケット取ってたら察してください!!!!と書き残して今日の一連の病み思考を終わりにしようと思う。

 

 

 

 

 

♪BGM

-明日は君と。/麻倉もも

 

推しとそれ以外の定義について

このページを意味もなくリンクしている裏垢のアイコンをちさとちゃんの「推しじゃないです」に変えてみた。今まで小野大輔のオタクのフリしてたから…🤔

 

そういえば最近声優のおたくのrtでもちさとちゃんのツイートをよく見かけるようになったけど、フォロワーのフォロワーなので何か感慨深いな…

 

それは置いておいて。

今この瞬間私が「推しじゃないです」とか言ってるのはまぁ9割方某赤担当のことなんだけど、そもそも推しって何なんだろう。

 

特別推している人っていうのはオタクなら誰しもいると思う。例えば私にとっては内山さんや三浦が所謂推しであると思う。ていうかそうだ。

普通に考えれば、大勢いる中で別格に好き、応援したい、追いかけたい人って意味なんだろうな。実際沢山いる声優や俳優の中から特別な1人を好きになって応援しているわけだから。

 

別に国語的な意味を追求したい訳では無いんだけど、私にとっては今の推しっていうのはその意味そのままの存在ってことになる。(特に調べたりはしてないから正確には解釈が違うかもしれないけど私の感覚としては。)

 

と、なると元推しはどうなるんだろう?推しじゃないのは分かる。だけどだからってなんの興味も思い入れもないその他大勢に戻ってしまうってこともない…と思う。それは私が初めてオタクして珍しく何年も追ってきたからかもしれない。

 

だけど何もこれは入野自由だけじゃなくて、例えば某俳優集団を卒業してよく分からない方向に進みつつあるBBOYとか、体を壊して引退したテニス俳優とか、そこそこ力を入れて応援していたような人にも当てはまる。

 

他に例に出せる元推しが俳優しかいなくて震えている…視野狭いな、私

 

ここ3日入野自由の話ばかりしているような気がするし今日もまた入野の話をするけど、気にしないで欲しい。どれだけ懐かしいことや嬉しかったこと、悩んで苦しんだことが忘れられなくても私はもう2度と入野自由のオタクには戻らないと思う。2日間で〇万円使ってあれだけ沸いて号泣して引きずったキラフェス2016の映像を見てもあまり何も思わないくらいにはもう「過去の推し」だから。

 

集めていたグッズもCDもほとんど売ったり捨ててしまって、今沸けるのはほんとに今の推しに対してだけ。だけど、タグを見てて入野の重い(笑)オタクを見ると絶対ツイプロ読んで気持ち悪…って思うし、フォロワーのrtとかで「入野さんの〇〇〜!♡」が流れてくると一瞬ハ?ってなる。

 

私にとっては元推しだから長年の習慣が抜けていないだけなのかもしれない。これは生理的なものなら考えても分からないけど、どうなんだろう。

 

さっき例に出した某俳優の同担は未だに監視リストに入れてあるし(クソ)、フォローは外したけどたまに本人のTwitterからリプ欄のオタクを眺めたりしている。さすがに(もう)鍵rtとかはしないけど。

 

別に推してないけど好きなものとか人とか、好きだったもの、事情があって何となく好きと胸を張って言えていないもの、そういうののオタクを見た時に感じる感情が本命の同担を見た時の感情と同じだとしたら、それはもはや推しているのと同義なのでは…とか。

 

私が独占欲の塊だから結構なんでも同担好きじゃないからかもしれないけど!自分が一方的に大好きなフォロワーが違う子と連日遊んでたりすると「ん〜〜!!😇😇😇😇❕❕(言葉にならない叫び)」って思うくらいだし!(笑)

 

私の中では推しじゃないものって言うのは=全く興味のないもの、だから推してないけど興味があるものってどういう位置付けなんだろうか〜と考えたんだけど、まぁ物理的に推しとそれ以外の中間なんだろうな。

 

なんて言うんだろ?元推しじゃなくても、本命までいかないけど好きなもの…みたいな。

 

よくDDのツイプロで見る「大本命」と「本命」の違いなのかなぁ。

「最推し」と「推し」とか。

あれ下のランクにいる声優とか俳優に失礼だよねとよく思う。どうせそういう人たちは大本命(笑)とか最推し(笑)の現場も行かないんだろうけど😗💭

 

この考えても答えの出ない問について考えるのもブログを書くのもやめないとキモオタ化が進んでしまうなぁと思う午前5時でした。そろそろ生活リズム元に戻さなきゃなぁ…

 

♪BGM

-ワタシ*ドリ/上田麗奈

 

 

 

 

趣味と年齢について

キラフェスが終わって、モチベねぇ〜って唸ってたオタクがみんな沸いて帰ってくる様子は毎年恒例だなぁと思う私でした。去年の私もそうだった…

 

キラフェスの時期なのと現場がなくて毎日暇に明け暮れているので病んでるし、物思いに耽るくらいしかやることがないので今日は趣味の寿命について考えた。

 

 

 

全然関係ないけど、はてなブログの本文のフォントすごい良いよね。自分の文章がネットに載ってる!って感じする(小並)

 

 

 

 

私は中1くらいでアニメやら声優やらを好きになって、高1の時に初めてテニミュに行ってそこから声優と舞台を掛け持ちで適当に二足のわらじ的なオタクをしてきた。6年くらいオタク以外の人種に分類されていないので、「好きなものとか特にない…」って人は毎日生きてて楽しいのか本気で理解できない。クラスとか学校にそういう人たちも少なからずいるけど、何を楽しみに生きてるんだろうって考えてしまう。生クリームしか乗ってないパンケーキか?

 

でもそういう量産型女子高生みたいなのが世間一般でいう普通の人なわけだし、いつになったら普通の人に戻れるんだろうかって考えると虚しい。いや、虚しすぎる…生クリームは食べられないよ…

 

生クリームはとりあえず諦めるとして、やっぱり私としては大学4年間で行ける現場は全部行きたい!みたいな今のスタンスでオタクするのは終わりにすべきなんだろうなと思っている。いや、今既に結構色々蹴って行ってないけどそういうモチベ云々の問題ではなく、社会的に見てどうなのかという話で。

 

二人の推しとは年齢が近い。三浦とは誕生日が3週間しか違わない同い年だし、内山さんとは9歳差で周りの同年代のオタクと比べたら結構年齢は近いほうだと思う。

ここで何が話したいのかと言うと、例えば声優の推しを見た時、今10代の私が20代の声優を追っかけている分には問題無いのだけど、これから先推しが30.40代になった時には私も20.30代になっている訳で、その10年で私よりも若い人が沢山内山昂輝を好きになると思う。そんな新しい若い世代のオタクに紛れて、自分よりも推しに歳が近いおばさんがそこにいるのはどうなのかなってことを考えるわけだ。

 

実際俳優オタクの某掲示板では30代くらいのおたくがそれより下の世代に「婆」呼ばわりされて叩かれているのもよく見るし、それに「金落とさない新規の糞ガキ共黙ってろムキィー!」みたいな反抗してるおばさんも非常によく見る。

だけどこのやり取りって不毛極まりないし、まだ一応若い世代の私からすると歴を振りかざして落とした金額でしか張り合えないおばさんは黙ってれば?って思ってしまう。例えばまだ17歳の若手俳優に風俗で稼いだお金を貢ぎまくっている20代のオタクとか、なんかもう色々通り越してすごい(褒めてない)

 

正直そういうおたくにはなりたくないと思う。本当に。

 

ずっと一途に好きでいられるのはすごいことだし、社会人になってもライブやら舞台やら通える人は本当にその人が好きなんだなぁと尊敬もする。するけど私にはそれは出来ないし、きっとオタクをやめた5年後とかに自分の人生を振り返った時、私は絶対に趣味を最優先にするような生活をしてきたこの何年かとこれから先の何年かを「無駄だった」「もっと有意義なことに使うべきだった」と評価するに決まっている。

 

話がブレた。だからなんだという話だと思うけど、つまり私は今熱中できる人がいることは幸せだし出来るだけ沢山会いに行きたいんだけど、いつまでもそうやっている訳にはいかないということを念頭に置いておたくをしないといけないことに気づいてしまったのだ。

 

具体的にはあと4年。

4年後って言うと、声優の推しはこれからもっと色々なことをやってみたいって言ってくれているから今やっていないような役(アイドルとかアイドルとか)を演じているかもしれないし、俳優の推しだってテニスがシーズンとして終わっていざ舞台俳優として活躍していく…そんな時期のはずだ。だから「オタクやめようと思っても絶対無理!一生着いていく!大好き😢💖💭」なんてキモオタおばさんに成り果てていたら笑って欲しい。

 

どちらにせよTwitterはやめられないに決まってるから、オタクやめても今仲いいフォロワーの何人かとは普通に会ったりしてるといいなぁと思う。もちろん、二週間前の予定と今行くつもりの現場が全然違う私のことだから、4年後のことなんてまだまだ到底わからないけど。

 

 

 ♪BGM

-車庫の少女/上田麗奈

 

懐古するおたく

あれから3年かぁ

時の流れって怖い

 

高校生になる直前の無垢な私が闇に飲み込まれたkiramune music festival2014の話。

 

今日というか昨日、キラフェス2017が無事幕を開けたようでフォロワーも何人か横アリにいたりいなかったり…

 

思えば私が本格的にオタクっぽいことをしたのは中3の春にキラフェスに行ったのが初めてだったなぁと、出会い厨するフォロワーのリプで埋まるTLを横目に三年前の横浜アリーナで買った赤いバンダナを捨てながらそんなことを思ったりした。

 

池袋のアニメイトに行くことが快挙みたいなレベルのゴミだったので、横アリで声優のライブに行くとか、人生で一度あるかないかくらいのイベントだと思っていた気がする。実際2013は出てないからよく知らなくて、直前まではトークショーか何かだと思っていた。横アリでトークショーって。

 

その後当たり前のように2015.2016としっかり参戦して入野自由だけを追いかけてCD積んだりブロマイド無双することになるなんて思ってなかったよなぁ。

 

と、かくいう私はもう入野自由のオタクじゃない。去年の8月にVOICARIONに行って以来現場には入っていないしこの先入野のおたくに戻るつもりもない。だけど今私のプレイリストには入野自由というアーティスト名が復活しているし、やっぱりbing bing night以上に好きな曲なんてないんじゃないかと思っているのは一体何なのか…

 

入野自由に出会って少なからず運命を変えられてしまったのかなぁみたいなことは薄々気づいている。これは大げさな言い方だけど、すごく言い方を変えればもし出会っていなかったら確実にまともな人生を歩んでいたに違いなかった。普通の女子高生が出来なかったのは80%くらい入野のせいだと思ってるから。

 

モチベが底をついて入野を降りてからの半年、内山昂輝と三浦宏規というまぁまぁ対照的というか対極的な2人を応援してきて、それなりに楽しかったし辛いことって多分無かったなぁと受験勉強の負の遺産を片付けながら振り返ってみた。垢移行してから繋がったフォロワーとも仲良くなれたと思うし、移行前からの大好きなフォロワーは未だに仲良くしてくれるし、それに選り好みして蹴れるほど現場があって。テレビでやってるアニメに推しがメインキャストで出ていて。

某炎上アニメは気分悪かったけど別に推しは悪くないしなぁ…

 

そう考えると、入野のオタクだった頃の私はおかしなことで悩んで苦しんで悲しくなって、歌聞いてやっぱり好きだなぁと思うんだけどこんなに歌上手いのになんでそれを舞台にしか持っていかないんだ…とかまた悩んだりして、すこぶる面倒臭い人間だったと思う。

 

それでも気楽な茶の間だった頃から数えて4~5年、だいたいブームが三ヶ月で終わる私がずっと好きでいられたのはやっぱりあの歌が好きでたまらないからなんだろうな。キラフェス2016はこの17年間の人生でトップ3に入るくらいには幸せな二日間だったし、通学中、自習中、塾での夕飯の時、受験期を支えてくれたのも結局みんなあの声だったんだなぁと思うと、留学するっていう前に降りてごめんなって気分になる…ならないか

 

もう日本にいないと思うので感謝を伝えることも出来ないしする気もないから、私に出来たのは卒業文集の作文で名前を隠しながらタラタラ入野自由の話をすることくらいだったけど、人を救う力のある歌が歌えるって凄いことなんじゃないかと思う。

 

もちろん、私にとってはそれが入野だったってだけで、特別好きなアーティストや歌がある人にはそれぞれの救いがあると思うんだけど。

 

オタクはやめても歌は聞く、そういうスタンスの応援の仕方もアリだなって考えられるようになってきた私にとっての救いは今までもこれからもあの歌声なんだろうな。

 

残念ながら客席で聞くのは三浦の歌で、舞台に立ってスポットライトを浴びる入野を観ることはないかもしれないけど、イヤホンから聞こえる声は入野がいいんだよなぁ。なんていうか、これはもう職業病みたいなもんだよね(職業:おたく)

 

「パワーアップして帰ってくる、待っていてくれ」って言うならパワーアップして、人間的な感情を身に付けて、せめてファンサくらいする男になって帰ってきてね🙂その時はまたCDでも買おうかなぁ。とりあえずセラフの続編が見たいので一年くらいしたら一旦帰ってきて欲しいなぁ(笑)

 

ところでキラフェスに内山さんが来てたらしくてびっくりです。私がいないときに限っているのかよって思ったけど去年はオタクしてなかったわ…

 

内山さんがkiramuneに入っても私のせいではないよ…

 

 

 

 

 

 

 

♪BGM

-エール/入野自由